それぞれの約束

知ってると思いますが、

私たちは自分たちの食べる

食べ物のほとんどを作ってはいません。

私たちは他人の作った服を着て、

他人のつくった言葉をしゃべり、

他人が創造した数学を使っています。

何が言いたいかというと、

私たちは常に何かを受け取っているということです。

そしてその人間の経験と知識の泉に

何かをお返しができるようなものを作るのは、

すばらしい気分です。

— スティーブ・ジョブズ(アップル創業者 / 1955~2011)


某日、六本木——。

この日、kitagawaは早々に仕事を切り上げ、自宅へ戻っていた。先日、六本木のV2で番ゲしていた案件とのアポを消化するためだった。池袋でアパレル販売員をしているYちゃんは、クラブで会ったときは今風のオシャレな子だった。茶髪には綺麗にゆるふわパーマがかけられ、ワインレッドのハットがとても似合っていた。スト値、7。

深夜23時、タクシーで待ち合わせ場所の六本木へ向かった。彼女からの連絡はまだない——。

「美味しいウニのクリームパスタがあるんだよね。よかったら食べにいかない?」

kitagawaは、和みの流れで彼女がイタリアンと魚介が好きなことを把握していた。そして、番ゲして直ぐ、彼女を誘った。

「え、行きたい!!」

彼女からすぐにメールの返信があった。kitagawaは安心しきっていた。それ以上のフックを用意していなかった。

PM23:30。

彼女からの返信はない。当然、LINEの既読も付かない。kitagawaは最悪の事態を想像し、落胆していた。アポが流れることは良くある話だ。そもそも、六本木で夜遊びしている女子がそんなにまともな奴ばかりな訳はない——kitagawaは自分自身に言い聞かせるかのように、そう心の中でつぶやいた。一息つこうと思い、コンビニでトイレを借りた。ふと鏡を見ると、怪訝そうな顔をしている自分が写っていた。

このままじゃダメだ。PUAは常に主体的でなければいけない。気持ちを切り替えなければ。kitagawaはコンビニで買った日本酒を勢い良く飲み干し、街へ繰り出した。

1件目。ギャル。ガンシカ。

2件目、OL風。3件目、アパレル。オープンするも、上手く和めず。

タイム・リソースがどんどん目減りしていく。声掛けできる母数もまばらだった。それでも声掛けをやめなかった。声掛け数ばかりが増えていった。

14件目。帰ろうとしている美容師のセットを発見。スト値は5と8。持ち物ネグから、対多人数オープナー。足止めに成功し、オープンから和みへ繋がった。和み開始から5分程度経過した後、突然5が地下鉄への階段を下り始めた。

「私、先帰るねー」

5が言った。kitagawaは考えた。機会が2度同じドアをノックすると思うな。kitagawaは5を見送りつつ8の手をひっぱりながら、道路側で手を挙げた。そして、タクシーを呼び止めた。

8は池ノ上が最寄り駅。kitagawaは偶然その駅を知っていた。六本木から帰るには、青山一丁目で乗り換え、さらに渋谷を経由して京王井の頭線に再度乗り換えなければいけない。池ノ上は六本木から帰るには、非常にアクセスが面倒な駅だった。

「一緒に渋谷まで行こう。ちょうど俺もそっちに行くしさ。」

kitagawaはそういって、彼女の手を引いた。彼女のメリットを示す。長い階段を下り数回の乗り換えをするよりも、明らかにタクシーに乗った方が楽。ブルドーザー・ルーティーン。ハヤトの得意技だ。タクシーに二人で乗り込む。会話を途切れさせない。掘り下げていくと、バツイチ子持ち、元キャバ嬢だった。外に目を向けると、渋谷の駅の脇を通り過ぎるところだった。

「ねぇ、どこ行くの?」

彼女は言った。質問には答えない。酔っている振りをしながら、質問をかわしつつ会話の主導権を握った。気付くとkitagawaの自宅前に到着。軽めのグダがあったが、そのままイン・マイ・ハウス。入ってすぐに、冷蔵庫に常備してあるボトルを出し、シャンパン・セレブレーション。ノーグダ。

ことが終わった。彼女は服を着て、荷物をまとめkitagawa宅を出ようとしていた。朦朧とする意識の中、彼女を玄関先まで送り出した。

「じゃあね」

どちらからともなく、そう言った。彼女が別れ際、渇いた笑顔あるいは、不器用な作り笑いをしていたのが印象的だった。きっとkitagawaも同じ顔をしていたのだろう。愛とは程遠い関係性が、そこには確かにあった—。


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