或る雨の日の出来事②

本日のエントリーは…

或る雨の日の出来事 ①

こちらの続編になります。よろしければそちらから先にご覧下さい。


一般論をいくら並べても 人はどこにも行けない。

— 村上春樹(小説家)

 


Chapter 3 インチューション

 彼女たちはatomからT2の距離感でタクシーを使うらしかった。タクシーを拾われたら終わりだ。連れ出すことはおろか、彼女と繋がることさえ叶わなくなってしまう。スタンダードな思考ならば、Lゲシフトで行くしか選択肢は残されてなかった。

しかし今の和みで大丈夫なのか?Lゲ打診は通るのか?また、仮にその打診が通ったとして、DNR(Dead Number Risk:死に番のリスク)は解消されているのか?矮小なタイムリソースを目の前にして、もはや見切り発車で仕掛けるしかなかった。やれるだけのことはきっとやった。そう思うことで、自分の発言に少しでも自信を持たせるしかなかった。

「よかったら今度美味しいものでも食べに行こうよ。」

鉄板のフレーズ。繰り出すタイミング、間、それまでの和み、全体を通しても悪くはなかった。これといって目立ったミスもなかった。

yesの法則。「いいよ」の返事が来たら、Lゲ確定。

「いいよー。」

彼女はまた屈託のない笑顔で言った。そのままスムースにLINEからQRの読み取り画面を出す。いつものやり方だ。淀みはない。 

しかし、LINEでの和み術はkitagawaの得意とするフィールドではない。勝負はここからだった———。

と、思った矢先。

それは翌朝、何の違和感もなくやってきた。彼女から何の滞りもなく返信が来たのだ。kitagawaの返信率は6割前後。運が良かった。つまり、kitagawaの心配は杞憂だったということだ。あの日のストリートで誰よりも魅力的だった彼女は、kitagawaと他の女の子と同様にメッセージのやり取りをし、即までのレールの上に乗って行った。

kitagawaは気の遠くなるような失敗、あるいは途方もなく気の遠くなるような試行回数の中で、PUにおける幾つかの自分なりの答えを見つけていた。以前、日経かどこかで「ニホニウム」の記事を読んだときに、理化学研究所の研究員に親近感を覚えたのを思い出した。

昨年、「ニホニウム」という新元素が理研により立証されたが、その制作過程は亜鉛とビスマスをぶつけて融合させる、というシンプルなものだった。まず、原子核自体が1兆分の1なので、そもそもぶつけられない。そして、仮にぶつかったとしても、その融合確率は100兆分の1。理研よ、ドM過ぎやしないか。kitagawaは彼らの努力に比べたら、自身のPUにおける鍛錬はまだまだだ、と思った。

数多くの試行回数により裏打ちされた理論の根幹にあるのは、女性を観察し続けた行動心理学的な判断基準のようなものだったが、kitagawaが取る咄嗟の判断においてのそれは、科学に反して極めて感覚的なものだった。「雰囲気」という表現が一番しっくりきてしまうくらいに。

PUにおいて誰かが言語化した理論を第三者が漫然と流用した場合、それはその第三者にとって有効な武器になるとは必ずしも限らない。むしろ、その人間が持っているキャラにフィットするようにカスタムしなければ、使い物にならないものも多く存在するのだろう。

「モテ理論」なるものが言語化され、すべて体系化されているならば、非モテは存在しないことになる。しかしそんな社会にはまるでなっていない(むしろ格差が激しい)ことを考えると、もしかしたら、言語化されているもの以外に女性を魅了する鍵があるのかも知れない。

だから、kitagawaは自分の直感と嗅覚を信じた。

 

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 決戦のアポの日が迫っていた———。

 

 —続く—


 

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